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ブログ:【図説100】子宮腟部、腟壁にヘルペス所見を認めた性器ヘルペス初感染の3例

日本性感染症学会誌(Japanese Journal of Sexually Transmitted Infections)
第27巻 第1号 2016年 の【図説100】に『子宮腟部、腟壁にヘルペス所見を認めた性器ヘルペス初感染の3例』が掲載されましたので報告いたします。
掲載頁(p.163~167)

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【図説100】
「子宮腟部・腟壁にヘルペス所見を 認めた性器ヘルペス初感染の3例 」
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尾上泰彦 Yasuhiko ONOE
 
女性の性器ヘルペス初感染について

 
女性の性器ヘルペス初感染患者の診察に際して、外陰部の診察は丁寧に行うものと思われるが、皮膚科、泌尿器科などでは子宮腟部あるいは腟壁の所見を見落としがちとなる。

性器ヘルペスの所見は外性器のみならず、他の皮膚・粘膜部に現れることを忘れてはならない。

特に女性の初感染時には子宮腟部、腟壁にヘルペス所見が現れることがしばしばある。

今回、初感染症例において子宮腟部および腟壁に水疱、潰瘍、ビランなどのヘルペス所見を呈する症例とエルスバーク症候群を併発した症例を経験し、比較的稀な子宮腟部と腟壁の臨床写真を撮影できたので報告する。
 
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症例:1

患者 : 20 歳 、 女性 、未婚
職業 : CSW   
主訴:発熱、外陰部の水疱、疼痛、激しい膀胱炎様症状
既往歴 :特記すべきことなし
現病歴:来院4日前の夜、発熱(38℃)し、その2日後より外陰部の疼痛、水疱、タダレ、激しい膀胱炎様症状を認めたため、心配で来院した。
初診時現症:外陰部所見;大陰唇、小陰唇、腟前庭に水疱、潰瘍、ビランを認める(図1)。
子宮腟部所見;子宮腟部に水疱、ビランを多数認める(図2)。
両側鼠径部リンパ節有痛性腫脹あり。
体温:36.8 ℃    排尿障害なし
患者背景:CSW、特定のセックス・パー トナーはいない
 
初診時検査成績
ウイルス同定:PCR;HSV-1、
直接蛍光抗体法:HSV-1
子宮頸管検査:クラミジア(SDA法);陰性
 
 
図1 大陰唇、小陰唇、腟前庭に水疱、潰瘍、ビランを認める。
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図2 子宮腟部に水疱、ビランを多数認める。

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治療と経過
問診、臨床症状および検査所見より、性器ヘルペスの初感染と診断した。

直ちに抗ウイルス剤としてバラシクロビル(バルトレックス):1回500mg、1日2回、10日間経口投与し、鎮痛消炎剤としてジクロフェナクナトリウム(ボルタレン)25mg 1 日3回、5日間経口投与した。

5日後には疼痛はなくなり、外陰部、子宮腟部の潰瘍、ビランは縮小し、鼠径部のリンパ節有痛性腫脹も改善された。
10日後には外陰部、子宮腟部のヘルペス所見は消失し治癒とした。
 
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症例:2
患者:23歳、女性、未婚
職業:CSW
主訴:発熱、外陰部の疼痛、鼠径部の痛み、膀胱炎様症状
既往歴:特記すべきことなし
現病歴:来院3日前に、外陰部の疼痛に気付いていたが 仕事(CSW)が
忙しいため受診が遅れた。発熱 、外陰部の疼痛、鼠径部の痛み、 胱炎様
症状を認め来院した。
初診時現症:外陰部所見;大陰唇、小陰唇、腟前庭に水疱、潰瘍、ビランを
認める(図3)。子宮腟部・腟壁所見;子宮腟部にビラン、浅い潰瘍を認め、
さらに腟壁には明らかなビランを多数認める(図4)。両側鼠径部リンパ節有
痛性腫脹あり。
体温:36.9℃    排尿障害なし
患者背景:CSW、特定のセックス・パ ートナー はいない
 
初診時検査成績
ウイルス同定:PCR;HSV-1 、
直接蛍光抗体法:HSV-1
子宮頸管検査:クラミジア(SDA法);陰性
 
 
図3 大陰唇、小陰唇、腟前庭に水疱、潰瘍、ビランを認める 。
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図4 腟壁にビランを多数認め、子宮腟部にビラン、浅い潰瘍を認める 。
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治療と経過
問診、臨床症状および検査所見より、性器ヘルペスの初感染と診断した。
バラシクロビル(バルトレックス):1回 500mg、1日2回、10日間経口投与し、鎮痛消炎剤としてジクロフェナクナトリウム(ボルタレン)25mg、1 日3回、 5日間経口投与した。3日後には外陰部のビランは縮小し、疼痛も軽減し、腟壁のビランも縮小し、子宮腟部のビランも改善傾向となった。
7日後には外陰部の疼痛、ビランは消失し、腟壁、子宮腟部のビランも軽快し治癒とした。
 
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症例:3
患者:16歳、女性、未婚、未婚
職 職業 業: :菓子職人   
主訴:外陰部の激痛があり尿が出ない
既往歴:特記すべきことなし
現病歴:来院2日前にパートナーと性交渉あり 、オーラルセックスも行ったという。

翌日、発熱(37.5℃  ) 、外陰部の痛みがあり、某産婦人科を受診し解熱鎮痛消炎剤ロキソプロフェンナトリウムを投与された。

夜間、体温(38.5℃ )がさらに上昇し、排尿痛と外陰部の激しい疼痛のため排尿ができなくなり、その翌朝に当院に受診となる。
 
初診時現症: 下腹部が膨隆し排尿困難の状態のため、直ちに尿道に14Frのカテーテルを挿入し尿道カテーテル留置とした。約800ml の黄褐色尿を採した。

カテーテル挿入時に外尿道口周囲の腫脹を認めたが、挿入は容易であった。

外陰部所見:大陰唇、小陰唇、腟前庭に水疱、潰瘍、ビランを認める(図5)。

肛囲にも複数の水疱を認める(図6)。

子宮腟部・腟壁所見:子宮腟部にビラン、浅い潰瘍を多数認め、子宮腟部粘膜より少量の出血を
認める(図7)。両側鼠径部リンパ節有痛性腫脹あり。

体温:36.8℃、血圧120/70mmHg
全身状態:良好
患者背景:特定のセックス・パートナーは彼のみ
 
初診時検査成績
肛囲の水疱よりウイルス型判定用の検体を採取した。
ウイルス同定:PCR ;HSV-1
直接蛍光抗体法:HSV-1
子宮頸管検査:クラミジア(SDA法);陰性
血液一般検査:異常なし
生化学:TP  7 .8g/ dl    TTT 2 2.3U    ZTT 13.3U
AST  17 IU/l     ALT 13 IU/l    
TBL L  0.8mg/dl   ALP 403 IU/l  
γ-GTP 47 IU/l   TCH 342mg /dl
 
図5 大陰唇、小陰唇、腟前庭に左右対称性に潰瘍、ビランを多数認め、尿道にカテーテル挿入中。
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図6 肛囲の左側に複数の水疱を認める。

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図7 子宮腟部にビランを多数認め、子宮頸管、子宮腟部より少量の出血を認める。

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治療と経過
問診、臨床症状から性器ヘルペス初感染時に生じた排尿困難で神経因性
膀胱と診断した。治療はバラシクロビル(バルトレックス):1回 500mg、1日
2回、10日間経口投与。鎮痛消炎剤としてロキソプロフェンナトリウム(ロキ
ソニン)60mg、1日3回、5日間経口投与した。尿道留置カテーテルは挿入
のまま帰宅とした。翌朝、来院しカテーテルを抜去した。その後の自然排尿
は可能となった。
  7日後、来院時の所見では外陰部、肛囲、子宮腟部の水疱、潰瘍、ビランと
も消失し、治癒とした。 自然排尿は良好であった。
 
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解説
3症例はいずれも性ヘルペスの初感染例であるが、症例1は子宮腟部にヘルペス所見をきれいに認め、症例2は腟壁に明らかなヘルペス所見を認める臨床写真を撮影できた症例である。

症例3は子宮腟部にヘルペス所見を認め、エルスバーグ症候群を併発した症例である。
 
性器ヘルペス感染の発症メカニズムについて
 
性器ヘルペスは単純ヘルペスウイルス(HSV)による皮膚粘膜感染症である。

性交渉によりHSVは皮膚粘膜の小さな傷から侵入し、皮膚粘膜内でHSVは増殖し、感染が成立し皮膚粘膜症状が発症する。

この間の潜伏期間は約2~10 日である。同時にHSVは、知覚神経終末から取り込まれて、神
経軸索を上行して脊髄後根神経節に入り込み、神経節(神経細胞体)内で増殖して、神経節内で遺伝子の形で潜伏感染する。

その後、何らかのストレスにより潜伏していたHSVが再活性化し神経線維内を下行して、皮膚粘膜で、水疱やビランを形成し、その後回復する。
 
女性の性器ヘルペス初感染について
 
初感染時はウイルスに対する免疫がないため,臨床症状が激しく、発熱などの全身症状を伴うことがあり、疼痛、鼠径部リンパ節有痛性腫脹などを認める1)。

特に女性では膀胱炎様症状、歩行障害をはじめ、排尿障害、便秘などの末梢神経麻痺を伴うこともあり、時に強い頭痛、項部硬直などの髄膜刺激症状を伴う2)。男性では神経症状は女性に比して非常に少ない。
 
女性の性器ヘルペス初感染は男性に比して深刻な疾患であり、その罹患率は男性の2倍以上高いといわれており、20歳代前半では男性の7~8倍に達している。

また男性と女性とどちらが性器ヘルペスに感染しやすいかを調査した米国の研究では、男女どちらかが性器ヘルペスに罹患しているカップル144組を対象として観察した結果、性器ヘルペスが、男性から女性へ感染する確率(16.9%)は、女性から男性に感染する確率(3.8%)の4倍以上高いことが示されている3)。

女性に多い理由は性器の構造上の差から、感染部位が大陰唇、小陰唇、腟前庭、腟壁、子宮腟部などで、性器の粘膜部分が広範囲であることが挙げられ、感染しやすく重症化しやすい。それに
比して男性は、粘膜の部分が少ないため感染しにくいといえる。

また、女性は免疫能力を低下させる黄体ホルモンの影響で、妊婦や排卵後は感染しや
すいと考えられている4)。

オーラルセックスの時代、初感染例はHSV-1が多く臨床的にHSV-1の方が強い症状を生じる。HSV-1による再発は少ないが、HSV-2は再発を繰り返す場合が多い。
 
エルスバーグ症候群(Elsberg syndrome)について 5)
 
初感染例では、HSVが上行性に仙骨神経根に直接進展し、限局性の髄膜脊髄炎が起き排尿障害などを生じ、尿意を感じない神経因性膀胱となり、カテーテルの挿入が必要となるケースもある。

また、初感染例に限らず、再発例でも稀に無菌性髄膜炎に伴い、一過性に排尿平滑筋の障害が生じ排尿障害(尿閉)が起きることがある。

Elsberg syndrome は狭義には性器ヘルペスに併発する脊髄神経根炎に伴った尿閉を指し、より広義には尿閉を伴う無菌性髄膜炎全般を指すと言われている。
 
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謝辞
本稿の作成にあたり、貴重なご意見、ご指導を頂いた神戸大学大学院医学研究科 特命教授 荒川創一先生に深謝申し上げます。
 
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文献
1)尾上泰彦:日常診療で盲点となる皮膚科疾患 毛・爪・粘膜を中心とするQ&A 3 粘膜  5 外陰部・肛囲
Q38 性感染症を疑うポイントは?,皮膚臨床,2011;53:1671-9.

2)性器ヘルペス,性感染症 診断・治療ガイドライン 2011,日性感染症会誌,2011;22(supp):65‐9.

3)Mertz GJ,Benedetti J,  Ashley R,Selke SA,Corey L:Ann Intern MED. 1992;116:197-202.

4)早川謙一:女性の性器ヘルペス(GH).1 冊でわかる性感染症,本田まりこ編,文光堂, 東京,2009;p106-9.

5)尾上智彦,伊東秀記,松尾光馬,尾上泰彦:8 単純ヘルペス初感染.宮地良樹編,皮膚科治療最前線シ リーズ外来皮膚科ER,メディカルレビュー社,2011;p154-8.




2016年10月23日

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