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よこね(横痃)について

今回は、近ごろではあまり聞いたことがない「よこね」について勉強しましょう。
 
性病(現在の性感染症)に感染したために鼠径部のリンパ節がコブ状に腫れたものを「よこね(bubo)」といいます。
 
専門用語では“よこね”のことを横痃(おうげん)、便毒ともいいます。
 
つまり“よこね”は横痃(おうげん)の俗称です。この“よこね”にはいくつか種類があります。
 
1.無痛性の「よこね」は梅毒によるもので,感染してから3週以降、外陰部(男性であれば冠状溝周辺)の初期硬結や硬性下疳に引き続いて発生してきます。
 
鼠径部のリンパ節が、片側または両側ともに痛みもなく,また化膿することもなく腫れてきます。
 
初期硬結や硬性下疳は梅毒の第1期に外陰部に現れる臨床症状です。
 
硬性下疳は潰瘍で、この潰瘍は痛みがないのが特徴で、触ると字の如く軟骨様の硬さがあります。
 
梅毒の第1期に現れる「よこね」すなわち無痛性横痃(鼠径リンバ節無痛性腫脹)は,やがて吸収されて瘢痕化し治癒します。
 
また、硬性下疳の潰瘍の表面をこすって刺激したあとに出てくる分泌液には多量の梅毒トレポネーマが存在し、梅毒の感染源となります。
 
初期硬結や硬性下疳の発生後、まもなくすると,梅毒血清反応が陽性となります。
 
 
2.有痛性の「よこね」は軟性下疳によるもので,外陰部の潰瘍に引き続き発生し,化膿して皮膚が破綻して排膿してきます。
 
軟性下疳による「よこね」は鼠径部リンパ節の化膿性炎症が特徴で、大きく腫脹し、強い自発痛、圧痛があります。
 
軟性下疳は、Haemophilus ducrei(軟性下疳菌)による性感染症です。
 
元来、東南アジア、アフリカなどの熱帯・亜熱帯地方に多く発生している疾患です。
 
軟性下疳の臨床症状は、潜伏期間は2日~1週間で、よく発症する部位は男性では亀頭、冠状溝の周辺など,女性では大小陰唇,腟口などといわれています。
 
この軟性下疳は外観がグロテスクで、辺縁が鋸歯状の掘れ込みの深い、まるで刃物でえぐったような潰瘍が特徴です。かなり強い痛みがあり、性交渉は不可能です。
 
現在、日本ではほとんど見られない病気ですが、終戦後、昭和20年代の前半には南方戦地から帰還されてきた日本兵にみられたそうです。
 
ただ、現在、日本では報告がほとんどなく、「輸入感染症」となっています。
 
「輸入感染症」ですから何時、国内に入ってくるか分かりません。
 
これに対応すべき備えは必要です。
 
かつて、南アフリカでは、外陰部潰瘍の50%以上を占めるともいわれていました。
 
南アフリカに行かれる方は要注意でした。
 
軟性下疳は地域により発生数がかなり異なっており、地域特性があります。
 
1977年、ニューヨークでは初発陰部潰瘍患者の30%以上に軟性下疳をみとめたという報告がありました。
 
2007年,タンザニアでは陰部潰瘍患者の5%以上に軟性下疳を認めたいう報告がありました。
 
私見で恐縮ですが、日本では数年に何例かの報告がありますが、診断が難しく、その報告の信憑性は乏しいとも考えられます。
 
また、軟性下疳の際に生じる『よこね』は、片側または両側の鼠径リンパ節が痛みを伴って腫れてくるので、「有痛性横痃」とも呼ばれています。
 
この横痃(よこね)は化膿するので,皮膚が破綻し膿が外へ出てきます。
 
この膿を殺菌,または軟性下疳菌を培地で増殖させたのちに殺菌して作製したワクチンを皮内注射し,48時間後に発赤の大きさを判定する検査法を『伊東反応』といいます。
 
軟性下疳の患者または既往者では陽性となります。かつては、この検査が行われていましたが、現在では『伊東反応』検査は行われていません。
 
日本では研究所・検査センターなどでも、軟性下疳菌は難培養性でもあり、検査できないのが実状と考えています。
 
ここで『幻の性病』すなわち『混合下疳』について触れます。
 
一人の患者に硬性下疳(梅毒トレポネーマ)と軟性下疳が同時に感染した場合を「混合下疳」といいます。
 
現在、日本では見ることはありません。
 
そういう意味では、現在では『混合下疳』は『幻の性病』と考えられます。
 
 
 
3.鼠径リンパ肉芽腫の際は,鼠径リンパ節が腫れ,気候性横痃といわれています。
 
ただ、この病気も現在、日本では見ることはありません。
 
外陰部の丘疹がビラン・潰瘍化します。ビラン発生後1~2週間ほど経過すると、発熱、頭痛、発疹等が認められるようになります。
 
同時に鼠径リンパ節に有痛性の腫脹を認めます。「よこね」の発症です。
 
かつては性病防止法に挙げられていたほど多発していた性行為感染症の1つでありましたが、現在では極めて稀な疾患となっており、日本国内で感染することはまず無いと考えてよく、殆どが海外(特に後進国)で感染する輸入感染症です。
 
鼠径リンパ肉芽腫は、一般的には、感染してから1~4週間後に、男女ともに性器(男性は主に、亀頭・包皮・前部尿道など、女性は主に外陰部・膣・子宮頚管など)
 
に痛みを伴わない発疹ができてきます。発疹はやがて水疱になり、水疱が破れて潰瘍になります。
その後、鼠径リンパ腺が腫張し、次第に化膿してきます。
 
最終的には破綻して、そこから膿が流れ出てきます。
 
さらに、治療をせず1年以上経つと、直腸や肛門部のリンパ腺まで症状が広がり、男女ともに性器に象皮病のような症状が現れます。
 
鼠径リンパ肉芽腫はクラミジアによって感染します。
 
現在、日本の若者を中心に蔓延している性器クラミジア感染症、単にクラミジアと呼ばれる性感染症と同じクラミジア属ですが、
 
型(タイプ)が違うため性器クラミジア感染症とは違う病気として分類されています。
 
型が違うので鼠径リンパ肉芽腫に感染しても性器クラミジア感染症にはなりませんし、性器クラミジア感染症に感染しても鼠径リンパ肉芽腫にはなりません。
 
 
 
4.淋病の際に生じる“よこね”は、鼠径リンパ節が腫れ痛みがあります。
 
これは淋疾性横痃といわれています。
 
男性の淋菌性尿道炎の際には高頻度に観察されます。
 
現在、臨床上、一番多く認める「よこね」です。

 

①冠状溝に初期硬結(梅毒)を認める

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②冠状溝に硬性下疳(梅毒)を認める

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③梅毒による無痛性横痃(左鼠径リンバ節無痛性腫脹)

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④小陰唇内側に軟性下疳を認める(女性)(ネット上より画像取得)

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⑤亀頭・包皮内板に軟性下疳を認める(男性)(ネット上より画像取得)

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⑥鼠径リンパ肉芽腫 (ネット上より画像取得)

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2016年05月22日

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